アイツはいつも優しかった。

その優しさに、俺は甘えすぎていた。


どうして、あんなことを言ってしまったんだろう。




―――なんで会場にお前が来るんだよ?!
     


もし俺と夢香が付き合ってるなんて知れたら



―――俺の価値が落ちるだろ?!




紫蝶
    二羽の恋蝶

 俺も蝶のように素直な心を持てたらよかったのに






俺と付き合っていることがマスコミなんかにバレた日には、確実に大騒ぎになってしまう。

一般人の彼女がもし、マスコミの標的にでもなったりしたら



そう思うと、あんな、思ってもいなかった言葉が出てしまっていた。


俺のせいで、関係のない彼女に迷惑をかけたくなかったから。


だから…



「たった、それだけだったのによ…」



俯きながらそう呟いた瞬間、その彼女が俺のすぐ横を走り抜けて行った。

俺は、追いかけなかった。
無理やり視線を彼女からそらしてボーッと空を眺めた。



夢香、もう俺達…


―――別れたほうがいいのか?


見た目はもうすっかり大人で
けれども中身は普通の高校生で


俺は今まで、我慢しなければいけないことは、我慢するようにした。
時には仕事のことでいじめられたこともあったりした。

でもやっと自分の居場所(show)を見つけられた。


それさえも、こうやって邪魔になっていくのだろうか?


俺の瞳から、綺麗な一滴の涙が頬を伝って地面に落ちていった。


「…………」


中学の頃。


夢香に出会った。


最初に夢香から気持ちを聞いたときは友達としか思っていなくて、断ろうかとも思ったけれど
友達にそのことを話すと「あいつかわいいしさ、ノリで付き合っちゃえば?」と言われたので付き合った。

けれど


夢香を知っていくうちに、惹かれていく自分がいた。

だから高校にあがると同時に、俺は彼女に素直な自分の気持ちを伝えた。
昔は友達としか見ていなかったこと。
今の気持ちを。


全てを話し終わって、最低な男だと改めて思った。
同時に夢香を失ってしまう恐怖もあった。

けれども彼女は言ってくれた。


「それでも私は、付き合ってもらえて嬉しかったよ。城咲くんに優しく接してもらえて、すごく幸せだったから」

「本当…」


ごめんな。

謝りたかった。
でも俺は言えなかった。

彼女は、全てを知っても俺のことを好きだと言ってくれた。
だからその後も俺と夢香は別れることはなかった。


**************


「颯」


不意に聞こえた俺を呼ぶ声。


「何」


俺の瞳に、涙はもうなかった。


「なんで…追いかけないんだよ。お前の彼女じゃないのか?」

「あんな女、俺とは何の関係もないから」


もう、きっと、いや

絶対。


夢香が俺の隣で笑ってくれる日はもうないのだろう。

そう思いながら再び空を見上げようとした。


「馬鹿か?」


突然、修がボソッと言った。


「…何で『馬鹿』なわけ?」


修の言葉は当たっていて、逆に俺はムカついた。


「あの人のこと、お前が知らないわけないじゃん。付き合ってんじゃねぇの?好き同士なんじゃねぇの?」

「…………」

「ちゃんと颯自身が捕まえとかねぇと、あんなに綺麗で優しい人なんて滅多にいないだろ。あんなに綺麗なんだし、他に彼氏作ろうと思えば簡単に出来るだろうに。それ、お前自身が一番わかってんじゃねぇの?調子に乗ってんじゃねぇよ」


「…………」


修の言葉は、全て当たっていた。

今まで長い間この仕事をやってきた中で、多くのモデルや女優などを見てきたが、夢香に勝る女なんて誰一人としていなかった。


綺麗で
優しくて
照れ屋で
泣き虫で
少し甘えたで


「こんなんなんかに…」

「え?」

「…もういい。言っても仕方ないから」


そう言うと、彼は帰っていった。




俺に伝えようとしてくれていたのに。



俺はそれに気づかなかった。


…夢香からのコトバを。



『私、ずっと颯が好きだった。でもずっと会えなくて、前までは毎日のように会ってたから寂しくなっちゃってね。颯は歌手になっちゃったから。みんなの颯になっちゃったから。だから我慢した。颯もきっと、我慢してると思って。まぁでも、さっきの様子じゃ、私と会えなくても平気だったみたいだけどね。』

『そんなこと…』

『…駿河くん…だよね?』

『あっはい…』

『颯に伝えて欲しいの。明日の7時に教室に来てって』

『教室って…3年6組のですか?』

『うん。私と颯、同じクラスだから…って言っても、颯は滅多に学校に来なくなっちゃったけどね。じゃあ、ごめんね。よろしくお願いします…』



もし俺が、修にこのやりとりを聞かせてもらっていたらどうなっていただろう。

仲直りできていたのだろうか?


いつものように、夢香は笑ってくれたのだろうか?

俺は


素直にごめんと言えたのだろうか?


きっと、そうなっていたのだろう。



「もう勝手に会いにきたりなんてこと絶対にしないから。ごめんなさい」


夢香が悪いわけじゃないのに。

悪いのは、俺なのに。


いつも謝るのは夢香。
俺はいつも謝りたい気持ちがあるのに言えない。


一度だけ、どうしてすぐに謝ることが出来るのかと聞いたことがある。

ちゃんとした答えは


返ってこなかった。


「どうしてだろうね?」


少し顔を赤くして、彼女は笑いながら言った。


「………はぁ…」


俺は、こんなところで着替えのせずに何をやっているのだろうか。

壁にもたれかかって立っていた姿勢から、そのまま下にさがって座り込む。


「…………」


もう夕方になってしまった。カーカーと鳴く声が耳に届く。

『お前は馬鹿だなぁ』と言われているような気分になった。



…でもカラス、お前は出来るのか?

モテモテの綺麗で美人のカラスちゃんを、射止めることが出来るのか?

出来たとしても、ケンカをせずに仲良く出来るのか?



伝わるわけもないカラスなんかに、そんなことをうったえる自分に笑えてきて、たまらずに苦笑が漏れた。


すると、そのカラスが俺の目の前にやってきた。


カーカーと鳴くこともなく、じっと俺を見つめるカラス。
思わず俺もじっと見つめてしまった。


―――奇妙な光景…


カラスをじっと見つめながら、周りにはそう見えているんだろうなと思った。



それから何分か経って、また別のカラスがやってくると、俺と見つめあっていたカラスはそのカラスに気づくと嬉しそうに『カー』と鳴いて、二羽のカラスは一緒どこかへ飛んで行った。

カーカーとなんども鳴いて。

まるで、『羨ましいだろう』と、自慢でもしているように。




夕焼けに染まる、綺麗なオレンジ色の空。

その空に向かって飛んでいく、二羽のカラス。




―――俺はそれらを直視することなんて出来なかった。






to be contenued...